咀嚼治療・5「シャリとアワビ」
前回、「噛める」に正常値はないというお話をしました。
今回は、「美味しい」と「噛める」は別物というお話。
あるご夫婦の話です。
私が子供の頃から、近くの街でお寿司屋さんを営んでいたご夫婦。
今はもうリタイヤしてしまいましたが、いかにも職人といった感じのご主人と、小柄でテキパキ働く、チャキチャキ江戸っ子タイプの奥様。
寿司ネタの見分け方から、流通システムまで素人には分からない裏話を教えていただきました。
今はどうか分かりませんが、「マグロは新潟の名店より、海無し上州の方が上だよ」など。
築地は群馬の方が近いもんね。
その奥様の上の歯のアレコレ。
私「うに、トロはともかく、アワビや赤貝、サザエとか、歯ごたえの楽しいネタをスパッと噛み切れる様にして差し上げよう」と考えました。
そこで、こんな風に仕上げました。
切れ味良く、ステーキ、とんかつ、沢庵・・・何でもござれ。
私 「よしよし、これでどんなネタ、食材も噛めて、味見も完璧!」
奥様「・・・・・」
私 「如何ですか?何でも噛めるでしょ!」
奥様「あのね、確かにこの歯はよく切れるわ。でもね、味が判んないの。」
私 「?????」
奥様「私はシャリ担当なの。これじゃあシャリの味が全然判らないの!」
私 「・・・・・」
確かに、切れ味は良いんです。
専門的には「メタルブレードティースを用いたリンガライズオクルージョン義歯」といいます。
ピーナッツやグミを一定時間噛んで、その粉砕状況を測る検査では
「咀嚼効率が良い」=「よく噛める」と判定されます。
ところが、シャリの味が判らない。
ここで、ハッと思い出したのが、恩師片山恒夫医博の言葉。
「日本人と欧米人の食性の違いが、歯と食べ方に現れているんだよ。」
「いい加減アメリカ信仰から脱しなさい!」
当時は鬼畜米英の延長の話と思っていました。
が、若輩歯医者でも、少し経験を積んで来ると歯医者の常識って何かオカシイぞ!と思い始めます。
そこで、こんな風に変えてみました。
見るからに切れ味悪そうです。
スパッと切れないという事は、グシャッと潰せると言うこと。
人工の歯の面積と溝の深さ&数をコントロールすることに加え一口、口に入れる食べ物のサイズを意識することで味が良く判る=美味しく食べられる=よく噛める義歯になる。
私 「これで如何ですか?」
奥様「やっと自分の歯になったわ。」
美味しいや味が判る事を「よく噛める」と感じる人がいます。
それを求められる職業もあります。
反面、何でも速く噛み切れる事が「よく噛める」事の条件というケースもあります。
今回は前者のケース。
そして、咀嚼というのは、食べ物を口に入れる前、お箸やナイフ&フォークでサイズをコントロールするところから始まっているんですね。
人によってよく噛めるの判定基準は様々だな~と痛感させられました。